「バッツ先輩、聞いたッスよ」
昼食時、オレの隣で飯を食べていた先輩にそう切り出すと、「何が?」と首を傾ける相手に、オレは笑って答える。
「何がって…先輩この前、電車で痴漢捕まえたんっしょ?凄いッスよ!」
「ああ!あれな、何だよ誰から聞いたんだよ?」
大した事ないのに、と言いつつもどこか誇らしげに笑う先輩。
良い事をして褒められるのは、やっぱり気分が良い。
社会的に見ても、彼の行動は褒められるべき行動だ。
っていうか、この人がこんなにも正義感のある人だったなんて(残念ながら)思わなかった。
「痴漢は社会の悪ッスよね」
「だよな…男としては最低だな」
人前でって燃えるだろうけどさ…なんて、ちょっと下品な事を笑って言ってしまうので、本当にこの人が捕まえたのか?とか疑ってしまうが、真実、それで救われた女の子が居るんだろう。
「それで、女の子から感謝されたりしたんッスか?」
「感謝はされるだろ…されたんだけどさ……」
オレの質問に、少し言葉を濁す先輩。
うん?何か問題でもあったんだろうか?
「なんッスか?相手が実際は女の子じゃなくて、おばさんだったとか?」
「いや、決してそんな事はないさ…普通にウチのクラスメイトなんだけど……ティーダ、ちょっと」
手招きする相手に従い、先輩の方にちょっと近付けば、オレの耳元にそっと先輩が近寄って。
「被害にあったのが、女の子じゃなかったら……どうする?」
……はい?
被害にあったのが女の子じゃない?という事は、何ですか?
生物の性別は二通りしかないですよね?まさかの中間もあるかもしれないけど、えっ…ねぇ……まさかッスよね?
先輩のクラスに、男女の中間なんて…居ないハズだよな。
…という事は……?
「えっ……男ッスか?」
「そう、しかもお前の大好きなフリオニール先輩な」
その一言で、オレの手の中のジュースの紙パックが握り潰された。
ボタボタと滴り落ちるジュースを見て、「勿体無い」と言う先輩。
だが、オレはそれどころではない。
「ちょっ!!それ、どういう事ッスか!?」
「おお!流石フリオニールの事だと喰いつきが違うな」
「べっ!別にそういうんじゃないッスよ!!」
そう否定するも、先輩はニヤニヤ笑いを浮かべてオレを見る。
「そんな否定しなくてもいいだろ?愛しのフリオ先輩が、悪い虫にイタズラされたのが気に入らないんだろ?」
「だから違うって!!」
真っ赤になって否定するも、彼は疑いとからかいの混ざった目でオレを見つめる。
絶対に、自分の意見なんて変えない気だ。
「まあいいや、とにかく…オレが帰る時さちょっと混んでたわけだよ…そんな中で、ちょっと離れた所でアイツの姿見つけたんだけど、なんか様子がおかしかったから、よーく観察したら見つけちゃったわけだよ」
「見つけちゃって、どうしたんッスか?」
「そのまま言っても冤罪だ!とか言われかねないからさ…携帯開いて、そのおっさんの手の写メ撮ったんだよ」
フラッシュの音がした時は車内の空気が変わったらしいが、それを突き付けられた相手は溜まったものじゃないだろう。
動かぬ証拠が、目の前にある訳だから……。
「それで、無事に御用になったわけ」
「そうッスか…」
「まあ、相手がフリオニールの事を女の子と間違えたのか、男と分かっててやったのかは分かんないけどさ」
いや、どう考えても身長180超えの先輩が、女性に間違われる事は無いと思う……。
「しかし、あの時のフリオの表情はエロかったなぁ」
「はっ…え?」
「ちょっと赤くなってもじもじしちゃってさ、満員電車で恥ずかしいからだろうけど、男だって声あげればいいのに…初心だからさ、何も言い返せない訳。こう、嫌なのに我慢してる姿とか、もうかなり腰に…」
「先輩!!いい加減にするッス!!」
隣に座る先輩に向けてそう叫ぶと、彼はニヤニヤ笑いのまま「ごめん」と謝った。
まったく、変な想像しちまったじゃないッスか!!
心の中でフリオ先輩に謝り、隣に居る想像力をかき乱してくれる先輩を睨む。
彼自身は悪びれた風もなく、よくもまあ、こんな人が正義の味方的に痴漢を捕まえるなんてしくれてたものだ、と思った。
「そうだ、その時のフリオの顔だけのアップの写メもあるけど、欲しい?やるよ」
「いらないッス!!」
拒否するものの、結局送ってこられたメールの表情を見て、それを消去できないオレの、自分の意思の弱さに泣く事になる。
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とりあえず一言だけ。
男性でも、痴漢に遭うような事は…あるんですね。
はい、それだけです。
設定的には、以前に出会った先輩・後輩コンビです。
書いてみて気付きましたが、バッツもなんとなくフリオの事イケるなとか思ってそうな雰囲気…。
バツフリも良いと思いますよ!