ピチャン…という水音が、静かな室内に響く。
水面から立ち上る湯気を見つめて、小さく溜息。
どこかの施設だったのだろうか?
大浴場のある宿泊施設跡と思しき場所で、今夜は寝泊まりする事になった。
湯に浸かれる事など、中々無いので一人でゆっくりと単能したかった。
……だから、バッツとジタンが誘いをかけて来た時には、周囲の哨戒に行くと言って逃げた。
という事で、哨戒から戻って来てからゆっくりと湯に浸かっている。
全身の疲れが湯に抜けて行くような気がする。
最近は中々ない一人の時間が、随分と心地いい。
「あっ……やっぱり、スコールか」
入り口から響いた仲間の声に、視線を其方に向けた瞬間に…そこから目をそらした。
「家事とかで遅くなっちゃってさ…俺も入っていい?」
「……ああ」
むしろ、その状態で断ろうとは思わない。
腰にタオルを巻いたフリオニールが、俺へ向けて微笑みかけていて、どうやったら断れる?
「ん…湯加減も良さそうだな」
大浴場の湯船に足を入れて、ゆっくりと体を沈めていく相手。
薄明かりの中に浮かび上がる、彼の褐色の肌と銀髪。
洗った後の濡れた髪が、その背中に張り付いているのに官能的な雰囲気を感じつつ、横目で相手を見る。
完全に視線を逸らせないのは、自分の年齢的な性か……。
「……ん?どうかしたか?」
俺の視線に気づいたんだろう、俺の方を向いてそう尋ねるフリオニール。
「あっ……いや」
どう弁明すれば、一番怪しまれずにこの場を切り抜けられるだろうか?……と俺が、自分の頭を総動員して考えていると、彼は「ああ、これか?」と自分の背を指して言った。
「もしかして、ビックリさせたか?」
彼の背中に大きく走る傷跡。
小さく目立たない傷跡も多いだろうが、一際目立つ背中の傷。
「元の世界でさ、俺が帝国軍に付けられた傷なんだと思う」
「……大きいな」
「ああ、多分これを受けた時は死にかけたんだと思う……なんか、そういう記憶が残ってるから」
サラリと彼は口にするが、その言葉に俺はどれ程驚愕したか分かっているのだろうか?
だが、彼は自分の痛みだとか、過去の暗い部分は必要以上に感情を込めずに言う。
それが他人に心配をかけさせない為なんだろう、という事はなんとなく理解できるが……。
それをもどかしいと思う人間だって、居るんだ…例えばここに。
無言になる室内。
重苦しいと感じる沈黙ではないが、しかし、心が騒いで居る為に居心地が良いわけでもない。
想い人と共に、湯浴みというのは…普通に考えれば、千載一遇のチャンスで間違いないんだろうが…。
いや、何分この相手はそんな事等気にもかけていないに違いない。
まあ、同性同士だから平気だろうと思うのが、普通か。
「……ん?あれ?髪絡んでる?」
そう疑問の声を上げる彼の隣、確かにその背中で彼の一部分だけ長い髪が絡まっているのが目に付いた。
「俺がやろうか?」
「悪いな、スコール」
そう言って、大きな傷のある背中を俺に向けるフリオニール。
その背中に広がる髪を取る為に、伸ばした指が一瞬彼の首筋を撫でた。
「んぁっ!」
「!!」
驚いて手を離せば、そっと俺の方を振り返り「ごめん…そこ、くすぐったい」と少し赤くなった顔でそう言う相手。
性的な雰囲気を一気に纏う相手を見つめ、顔が熱くなるのを感じた。
だが…言いだした以上が責任がある、怪しまれるわけにもいかない。
腹を括って相手の髪に触れて、絡まった部分を解いていく。
「ん?まだか?」
「…………ああ」
自分の髪を触られる事に慣れていないのか、それとも、俺の手がそんなにくすぐったいのか、小刻みに体を震わせつつそう話す相手に、俺は沸騰寸前だ。
「……解けたぞ」
「ぁっ……ありがとう」
俺の手からするりと離れた髪を見つめ、はぁっと安堵の息を吐く。
彼の背中には、銀髪の髪が絡みついて俺を誘っている様に映る。
振り返った相手の顔が、俺に近づいたかと思うとじっと琥珀が俺を見つめる。
「スコール、まつ毛付いてるぞ…取ってあげるから動かないでくれよ」
そう言って伸ばされる相手の手、それと共に近付く彼の体。
動かないでくれと言われたのに、驚いた俺は盛大に後ろへ後退し……。
「ちょっ!うわぁ!!」
バランスの崩したフリオニールが、俺の胸の中へと倒れ込む。
「あ…ごめん」
俺の胸の中、しな垂れかかる様な形になっている相手が、琥珀の瞳を俺に向けて謝る。
「ぁ……いや…………」
そこで相手に何か、俺が弁明する様な言葉をかけようとした所で、俺の頭は限界を迎えた。
「スコール…大丈夫か?」
「逆上せたんだって?長湯のし過ぎだぜ」
俺を心配そうに覗きこむジタンとバッツに、何か一言でも言い返そうかと思ったものの、出てくる言葉が無いので止めた。
「フリオニールが心配してたぞ…まあ、目の前で倒れられたら仕方ないか」
そうやって勝手に結論出してくれるものの、俺としてはかなり、恥ずかしいので思い出したくない。
なんてタイミング良く倒れられたんだろうな?頭に血が一気に昇った結果なんだろうが。
だが、何て格好のつかない……。
そんな俺の自己嫌悪等知らず、旅人と盗賊は参っている俺を心配そうに眺めていた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
という事で、蒸されたスコさんでした。
なんか色っぽい感じがしますよね、「蒸しスコ」。
蒸すという言葉からなら、どちらかというと「サウナ」の方がそれに該当するんでしょうけれどね……。
フリオは水に濡れると、色気の桁が上がると思うのですよ。