「良かったのか?あんな風に引き受けちゃって」
「何だよ…才能あるって、お前も言っただろ?」
確かにそうだ、だが…何て言うのか、自分のご主人様が誰か別の人間の下で働くのを見るのは、使い魔の心理としてはあまり頂けない。
俺にとっては、このご主人様こそが、絶対的な世界なのだから。
「はぁ!はぁ、はぁ……」
城の兵士は対人戦にこそ強化されているが、相手が人から離れた瞬間にその対処ができなくなる。
自分が実体を持たない、影の存在である事をこれ程までに幸運に思った事はない。
…まあ、だからこそ怪しまれて捕まったのだが……。
「クソ…」
そう呟いて壁伝いに城を歩く。
影の精霊は、影がある場所ならばどこにでも行ける。
故に、使い魔として召喚士に従属させられ易い。
俺は力で支配してくる、ああいう傲慢な奴等が大嫌いで、それに実際そこそこに生まれはいい為か、普通の精霊達よりも力を持っている、そういう術士から逃げられるだけの力も、持っているのだ。
だけど、俺達を人間はあまり好かない。
人は影よりも光の方を好く、光のように何でも照らすものの方が神聖で美しいのだ。
闇とか影とか、そういう暗く覆い尽くすものは何でも悪のレッテルを貼られる。
人間なんて、大嫌いだ。
国境付近を、ただ俺は通りかかっただけなのだ。
なのに、他国からの密偵と勘違いされた。
俺の話なんて誰も聞いてくれない、使い魔が主人の事に対し口を割らないのは分かっているので、話す事はデタラメなのだと、そう思っているんだろう。
俺は何も関係ないのに。
「はぁ…はぁ……」
すっと影の中に身を寄せて、小さくなって休む。
城の外れにある、朽ちかけた壁の半壊した建物跡…かつては、ここに何が建っていたんだろう?どうでもいいけど。
魔導士に見つかったら、その場で殺されるだろうな、なんてそんな事を思いながら、でも魔力の大半を奪われてしまった今、ここから逃げる事なんて到底無理に思われた。
早急に力を回復できないと、俺はここから出られない。
「誰か居るのか?」
その声の主に、俺はただ驚いた。
「居るんだろう?そこに…人間では、ないみたいだけど……」
魔物に対して、平気で声をかけてくる人間なんて珍しい…それだけでなく、その声の主には不思議と敵意も何もこめられていなかった。
だけど、安心できたものではない、人間は自分の姿を見ればその瞬間に出方を変えるのだ。
「何か…用、なのか……」
そう言いつつ、すぐに逃げられるように影の中へとより深く身を沈める。
いつでも逃げられるように、準備しておかなければ…。
「怪我してるんだろ?声が震えてる…辛いのか?姿、見せてくれないかな?怪我、治してあげるから」
そう言って一歩近づく相手に、俺はどうするべきか迷う。
「俺には……実体がない」
「ない?…それってどういう」
「俺は影だ、影の精霊だ…影に実体も何も、ないよ」
正直にそう話せばきっと、このお節介を焼こうとしている人間も諦める、それか、きっと俺を恐れて逃げ出すのではないか、そう思った。
「そう、なら……俺はどうしたらいい?」
「どうしたらいいって…何が?」
「お前を助けるにはどうしたらいい?何か、してあげられる事はない?」
「!!」
ビックリした…。
そんな言葉をかけてもらったのは、初めてだから。
人間は皆、俺達を力で屈させようとしてくる、そんな傲慢な奴しか知らないから…だから。
俺に対し、こんな風に優しく手を差し伸べてくれたのは、この青年が初めてだ。
「俺なんか……助けなくていい」
「どうして?」
「俺は、この国に密偵に入ったって疑われてるんだ、今も追手から逃げてる…そんな奴と関わったってなったら、お前の身が危ない」
俺に手を差し伸べるこの青年を、俺は巻き込みたくはなかった。
俺の事を諦めてほしかったのだ。
「でも、嘘なんだろ?ソレ」
青年は琥珀色の目で真っ直ぐ俺を見つめてそう言う。
「どうして…そんな事言えるんだよ?」
「お前から悪意が感じられないからだよ、自分の疑いを晴らしたいんだろう?違う?」
首を傾けてそう言う青年に、俺は涙が出そうになった。
ドキドキと大きく鼓動が高鳴っている。
この青年は、俺の知る人間じゃない。
「俺と、使い魔の契約を結ばないか?」
「使い魔って……俺が?」
ビックリしたようにそう言う青年に俺は頷く、まあ影だから頷いても分からないだろうけど。
「ああ。俺達は誰かの影になれればそれだけ、力の回復が早くなる、回復できたら直ぐに契約を破棄してくれたらいい、アンタに迷惑はかけない…直ぐに、自分の故郷に帰るから、だから…ちょっとの間だけでいい、俺を…アンタの影にしてくれ」
「……いいよ、俺なんかでいいなら」
そんな青年の返答に俺は安堵しつつ、そっと彼へと近づく。
薄い影である俺が、相手の体をゆくりと包み込む。
「俺はシャドウ、影の精霊…貴方を俺の主人とし、俺は貴方の影となり、貴方に付き従い、貴方の分身として、この身を全て捧げる事を、誓います」
すっと彼の手を取って、そこに唇を落とす。
「あっ……」
驚きから目を丸くする青年を見つめ、そう言えば言うのを忘れていたなと気づく。
「影の精霊は、ご主人様と契約すると実体が貰えるんだよ」
すっと膝を付き相手に契約のキスを交わした俺は立ち上がる。
青年と同じ褐色の肌と、銀の髪、顔も声も同じ。
ご主人の影と、そうなるように。
「アンタは普通の生活を続けてくれて大丈夫、俺は元々影だからさ、アンタの影としてそっとお供しておくから」
「そう……じゃあ、しばらくの間よろしくな」
ニッコリと笑顔でそう言う青年に、俺も小さく「うん」と頷き返す。
あの時の笑顔が、酷く優しくて暖かくて。
人間は嫌いだけど、彼の事はどうしても…嫌いになる事ができない。
精霊が人間に一目惚れっていうのも、おかしな話だけれど、でも……。
力が回復した今でも、俺はこのご主人様の元から離れられない。
それを笑顔で許してくれるものだから、俺は余計にアンタの影として離れられなくなってしまうんだ。
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シャドウ君とフリオの契約の話。
偶然と言えば偶然の出会いなんです、フリオは訓練兵で城の外れで剣の練習していたんです、そこに影が飛び込んでくるのが見えたから、近寄ってみたのです。
で、シャドウ君はフリオにベタ惚れしちゃったと。
契約のキスの時、口にさせようかな…とか思いましたけれど、アナフリは手でいいかと思いました。
人間と契約すると実体が貰える、そういうオプション的なの大好きです。
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